
玲(リン)は、東京の薄暗いアパートの一室で目を覚ました。
天井をぼんやりと見つめる。
窓から差し込む光は鈍く、まるで自分の未来のように霞んでいる。
冷たい床。
足首には微かな痛みが残る。
——あの男の指が、そこに触れていたからだ。
玲はゆっくりと身を起こした。
喉が渇いている。
昨夜、どれだけの時間、あの部屋にいたのか思い出せない。
「……」
テーブルの上に、封筒が置かれていた。
開けるまでもなく、中身が何かはわかっている。
——金。
玲は、封筒を掴み、静かに指でなぞった。
昨日の夜、彼女はまたあの男のもとへ行った。
彼の指示に従い、命じられるままに動いた。
痛みと快楽の境界が曖昧になったあの瞬間——
玲は初めて、自分が”生きている”と感じた。
「お前は、自分が檻の中にいることにすら気づいていない」
あの男——“蓮(レン)“が、そう囁いた。
玲は、窓の外を見つめる。
東京の朝は、相変わらず冷たい。
『檻の中の華』— 第2話
玲は鏡の前で自分の顔を見つめた。
顔に残る疲れ。
まるで何かを見失っているような瞳が映る。
——私は、何をしているんだろう?
手のひらが震える。
触れることでまた、何かを忘れることができるかと思ったが、何も変わらない。
昨夜、彼女は蓮の部屋に呼ばれ、再び支配された。
彼の言葉に従い、彼の指示に応じるたびに、玲の中の何かが壊れていった。
彼の冷たい目が、玲のすべてを見透かしているように感じた。
「お前は、どうしてそんなに自分を傷つけたがる?」
蓮が、玲の髪を撫でながら呟いたその言葉が、心に残る。
彼が何を言っているのか、玲は分かっていた。
だが、それがどうしても理解できなかった。
玲は心の中で叫ぶ。
『私は壊れたくない』
だが、身体はすでに彼の支配に屈していた。
自分が求めているのは、彼の支配。それ以外の何も、手に入れられないことを知っていた。
彼の存在が、玲の中で次第に欠けてはならないものになっていく。
『ただ支配されていたい』
『全てを委ねて、痛みを感じていたい』
それが、玲の心の中に潜む本当の欲望であり、同時に最も恐れていたことでもあった。
──このまま、私は蓮に支配され続けてしまうのか?
自分が持っていたはずの強さを、気づけばすべて蓮に奪われていった。
支配され、支配されること。それが玲にとって、今では唯一の生きる力になってしまっていた。
だが、あの冷たい男が何を求めているのかは、まだわからない。
玲は、再び目を閉じた。
——もしかしたら、彼が求めるものに応えなければならないのだろうか?
彼女は何をしているのか?
何のために、ここにいるのか?
その答えはもう知っている。
