
「裏垢女子、夜に溺れる」
1. 二つの顔
本名で生きるのは、息苦しかった。
会社では愛想よく笑い、友達には「リア充」な投稿をする。
でも、それは私じゃない。
裏垢では、本当の自分になれる。
誰にも言えない本音、汚い感情、抑え込んできた欲望——
すべてを解放できる場所。
「もう疲れた」
「私なんて誰も必要としてない」
適当に呟くだけで、男たちが群がってくる。
「大丈夫?」「会おうか?」
慰めの言葉なんて求めてない。
ただ、繋がりが欲しいだけ。
ほんの少しの優しさと、虚しさを埋める時間。
2. 「おいでよ」
最初に会ったのは、20代後半の男だった。
DMでやりとりし、簡単に会う約束をした。
ラブホの前で待ち合わせ。
相手の顔なんてどうでもいい。
「ずっと気になってたんだよ」
「寂しかったんでしょ?」
そんな言葉、何度も聞いた。
けれど、体が触れ合う瞬間だけは、ほんの少し心が軽くなる気がした。
でも、終わった瞬間に襲ってくるのは圧倒的な虚無感。
「じゃあね、またね」
スマホの画面に表示されたその言葉。
——「またね」なんて、ないくせに。
3. 墜ちていく感覚
男は入れ替わり続けた。
愛なんて最初から期待してない。
でも、誰かに求められている間だけは、消えたい気持ちを誤魔化せる。
「お前、パパ活とかやんないの?」
ある日、フォロワーの一人が言った。
「普通に会うより、金もらえた方がよくない?」
一瞬、躊躇した。
でも、どうせただの関係なら、対価があった方がいい。
1時間で2万円。
“その気になればもっと稼げるよ”
そんな甘い言葉が、いつの間にか当たり前になっていた。
4. もう戻れない
気づけば、生活は裏垢で回るようになった。
夜に男と会い、朝には何食わぬ顔で会社へ行く。
本垢では「最近カフェ巡りにハマってます♡」なんて投稿して、友達からの「いいね!」をもらう。
でも、何かがおかしい。
時々、知らない番号から着信がある。
「昨日のこと、バラされたくなかったら——」
そんなメッセージが届いたこともある。
——逃げなきゃ。
そう思いながら、スマホを開く。
そしてまた、新しいアカウントを作ってしまう。
名前を変え、アイコンを変え、何事もなかったように。
きっと、私はこれをやめられない。
どこまでも、夜の闇に溺れていく——。
「裏垢女子、夜の果てへ」
5. 逃げ場は、どこにもない
新しく作った裏垢は、前と同じようにフォロワーが増えていった。
適当に甘い言葉を投げれば、男たちはすぐに寄ってくる。
「会いたい」「君みたいな子、放っておけない」
そんな使い古された台詞を聞くたびに、吐き気がする。
けれど、私はまた会ってしまう。
「バレなければ、何をしてもいい」
そうやって、自分を誤魔化し続けるしかなかった。
——でも、本当にバレていないのだろうか?
ある日、DMに届いたメッセージ。
「〇〇(本名)、元気?」
心臓が凍りついた。
なぜ、本名を知っている?
誰かが私を探している?
それとも、前に会った誰かが情報を流した?
怖くなって、すぐにアカウントを消した。
でも、もう遅かった。
6. 監視される日常
翌日、会社に行くと背筋が寒くなった。
すれ違った同僚が、私をじっと見ている気がする。
「ねえ、〇〇ってさ…」
「いや、まさかね…」
——気のせい? それとも……。
ロッカーを開けると、一枚の紙が落ちた。
拾い上げて、震えた。
そこには、私の裏垢のスクリーンショットが貼られていた。
セクシュアルな投稿、パパ活のやりとり、ホテルの写真。
全部、私が投稿したものだった。
そして、一言。
「バレちゃったね」
足がすくんで、立っていられなくなった。
誰が? どうして?
もう、どこにも逃げられない——。
7. 最後のアカウント
会社にはいられなくなった。
噂はすぐに広まり、私は自主退職した。
友達からの連絡も途絶え、本垢も消した。
でも、私はまたスマホを開く。
そして、新しい裏垢を作る。
「もう終わりにしよう」
そう何度も思った。
でも、結局は戻ってきてしまう。
今も、画面の向こうで誰かが囁く。
「寂しいの? 俺がいるよ」
「話聞くよ、会おう?」
私は、ただ呟く。
「誰か、助けて」
——でも、その声が届くことは、きっとない。
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